雑文

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盗作について

 心機一転、なんてタイトルをつければその後しばらくは更新する気力が湧くかなーと思ったんですが、そもそも書くことなければなにも変わらない、と気づいた。

 盗作という話はいつだってあるんですけど、盗作に対する意識の低さは近年に特有のものなのかもしれないなあと思った。一億総作家時代って誰かが言ってたけど、いまはたいていの家庭にパソコンがあるし、パソコンがあれば小学生でも小説が書ける。書いてしまえば発表の場はネットに溢れている。そうして「ケータイ小説」とかが出てきて傾向に拍車がかかる。

 私もそういう時代の人間だからなんとも言えないところはあるけど、むかしは小説を書くのは結構な労力だったんじゃないか、と思う。原稿用紙に文字を書く、というのはタイプするより手間がかかる。書きあがっても誰も読んでくれない、発表の場がない。そりゃあ、小説を書く人は少なかったことだろう。

 それでも小説を書くには強い意志が必要だった。そうそう感想ももらえない、滅多に褒めてももらえない。孤独な作業の果てに報いはない。それも挑むなら「小説を書く」目的は「小説を書く」あるいは「なにかを表現する」に限った。それを承服した上であるなら、盗作の意思は介在しようがない。

 でも今は違う。「表現する」ことではなく「感想をもらうこと」「賞賛を得ること」を目標とした小説執筆がありえるようになった。だからそのためなら「小説」そのものをないがしろにしてもいい、という論理がまかり通るようになってしまった。

 盗作に対する意識の低さ、盗作へのハードルの低さは、倫理観の十分に育っていない子供が小説を書くようになったことと、小説の執筆がコミュニケーションツールとしての側面を持つようになったことにある、ということを考えました。

 ただの屁理屈。
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